2011年7月13日水曜日

数独は理詰めに限る?


数独通信’11年春号Vol.20に、ニコリ社の御大の標記座談会が掲載されている。数独の名づけ親鍛冶氏は「自己流の解き方でもなんでもいいから、楽しんで解いてくれればそれでいい。」 (理詰めとかゴジャゴジャ言わずに、解き方が人によって違うから面白いのだ。といったニュアンス) だから数独が解けたときの達成感を味わうのもさることながら、解き方を競い合うのも楽しみの一つということになるのか。


 Q21は解き方を見るのに適した問題である。


 Q21 の解答 (9,6)=2  19手目(57手の内)
    レベル18 ( Thunder ) Pl
   crux  ① (7.6)=9   8%    Pr  10手目
       ② (4,9)=4  72%    vl 11手目
       ③ (3,7)=7   7%    wl 13手目
no of entrance=12
plane distance=9
np point=102

これは、激辛9 に換算すれば、11位の難易度になります。


 で、本題ですが理詰めで解くと上記の結果ですが、 forced chain,とか仮定法を使うともっと簡単になり、おそらく読者もこれをえらばれたのでは?
 なぜなら、11手目で crux にさしかかり、pair candidate (二択候補)を調べると、なんと35組もあり、そのうち27組が birdy point (一回の仮定で決まる)であるからです。つまり当てずっぽ取ってやっても、7割以上の確率で成功するというものです。

 「理詰め」という言葉には、人によってあるいは専門分野によって、解釈が異なるようだ。多いのは(数学屋ではない人で理系で線形代数をかじった程度の人)、数独解法のなかで、候補の数字または場所を絞りこみ、一つの数字、一つの場所を順番に決めていく方法を限られた「万人」が容易に認める手順だけを使って解くことと解釈しているようだ。

 数学用語では、演繹的とか決定論的とかいう術語がある。広く「理詰め」に推論を進めていく方法で答えを導き出す。数独解法に当てはめるとどの方法も、演繹的であるから、「理詰め」であるといえる。

 数独の理詰めは、言い換えれば、解を求めることだけでなく、唯一解の証明を必要とする。二択候補で、一方で解がもとまっても、もう一方が解でないことを証明しなければ、理詰めとは言えない。唯一解でない手筋の証明は、破綻をきたすことの証明で、「候補が消える」か「場所がなくなる」ことを証明しなければならない。

 Pencil Work ( 鉛筆だけで解く)を前提とする数独では、たとえ二択仮定法で、解がもとまっても運が良かっただけで、(二択の選び方がよかった)もう一方の破綻の証明まではしない。もし破綻する方を選ぶと、もう一方が正解だとにわかに信じがたい。盤面はゴジャゴジャになっているし、どこかでミスをしたのではないかと不安が先立つ。どちらの場合も、解き味とか達成感とかからはほど遠くもっと明快な「理詰め」の方法を模索する。Pencil player からは不評で忌み嫌われる解法でもある。

 多数解の関係を調べていくと、数の繋がりが見えてくる。1から9までの数字それぞれが、9つの場所で繋がっている。9本の糸を九つの結び目から解き放すのが数独の解法である。Chain とか Loop とか呼ばれる解法によみ解く方法が、Pencil Player の熟練につながっていくものであろう。


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